ブックレビュー

【書評】大阿闍梨酒井雄哉の遺言 著:玄秀盛

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背骨。身体と運動機能を支える人体に欠かせない骨である。哲学者・ニーチェが「職業は人生の背骨である」といったように、根幹をなすものの意味で「背骨」という言葉が使われることがある。本書には、東京は新宿・歌舞伎町にある「日本駆け込み寺」で5万人以上の悩める人々を救済してきた著者・玄秀盛さんの「背骨」をつくった出会いと言葉が綴られている。

「日本駆け込み寺」と玄さんについては、前掲の『駆け込み寺の男——玄秀盛——』をご覧いただきたい。凄絶な過去をもつ玄さんは、生きるために手段を選ばずあらゆる悪事を働いてきた。金にも女にも、欲望に正直に生きてきたげん秀盛ひでもりさんの生き方を変えた人物が、今は亡き玄の師・酒井雄哉さかいゆうさい阿闍梨あじゃりだった。

酒井雄哉大阿闍梨は、天台宗の回峰行の一つ「千日回峰行」を2回満行した人物として名高い。比叡山の峰や谷を7年かけてめぐる「千日回峰行」では、約4万キロを歩くだけでなく、9日間の断食・断水・断眠・断臥だんがの行が課される。達成できなければ自ら命を絶つ掟もある。修行の厳しさゆえに、比叡山1000年の歴史の中でも2回の満行を達成した人物は3人しかいない。

難行を果して「生き仏」と称された酒井雄哉大阿闍梨に対し、玄さんが投げかける問いはまさに珍問の連続だ。多くの人が遠慮して聞けないような質問も、疑問に思えば師にぶつけた。それに対する師の反応もさまざま。玄さんが「お経で人が救えますか?」と問えば、「救えへん。自分を救うのは、自分自身の信心や」と師は応える。「悪人を救う意味があるんですか?」と問えば、「当たり前や! お前、命をどこから見とるんや!」と二の句が継げない気迫に満ちた言葉が返ってきた。時には、「わしゃ、知らん」「いつか、お前にもわかるやろ」と肩すかしを食う時もあった。

問答をしている時、玄さんには師の言葉の真意がわからなかった。「駆け込み寺」で人々の救済活動を行う中で、善悪や損得を越えた尺度で語られる師の言葉に、仏教の神髄が込められていたことに気が付いていく。遺言ともいえる師の言葉は血肉となり、やがて命を救う活動を行う玄さんの「背骨」を作っていった。

耳底に残る師の言葉。「他言無用」の禁を解き、いま世に向けて師との回顧録を発信する玄さんの思いを、本書を通して受け取ってもらいたい。

〈書籍情報〉
大阿闍梨酒井雄哉の遺言 師弟珍問答
著者:玄秀盛
出版社:佼成出版社
定価:本体1,500円+税
発行日:2019年5月30発行
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