対談

藤田一照 プラユキ・ナラテボー対談:「大乗と小乗を乗り越え結び合う道」 その1

藤田一照・プラユキ・ナラテボー
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――六祖慧能の話が出ましたが、テーラワーダ仏教のタイのお寺で、そういった大乗的な説法がなされるのですか? それは驚きです。

プラユキ はい。私の先輩僧で現スカトー寺住職のパイサーン師はタイでも著名な僧侶の一人ですが、大乗経典も紐解く読書家であり、英語も堪能で、発想もすごく自由でグローバルです。またタイで一番有名なブッダダート比丘も禅的な逸話を縦横無尽に説法に取り入れて、仏教の本質を説くスタイルでした。そういう背景もあって、タイでは在家の人たちにも禅をはじめとした大乗仏教スピリットは抵抗なく受け止められています。

一照 内山興正老師は晩年、漢訳の「阿含経典」を読まれていました。
老師はバイブルの言葉もよく引用されていました。キリスト教だから仏教と対立するとか、大乗だからテーラワーダと対立するとか、そういう態度は全然ありませんでした。宗教として「共通しているところ」に関心があったんだろうと思いますね。

仏教も、三つの伝統(上座部・大乗・チベット仏教)が、今までは棲み分け的に、様々な歴史的事情とか交通事情、場所も離れているし文化も違うから、あまり交流しないでこれまで来ていたけど、今はグローバルにつながっている時代です。

ニューヨークやサンフランシスコでは、1ブロックの中にチベット仏教の寺院があると思ったら二軒隣にテーラワーダの瞑想センターがあって、別のコーナーには禅センターがある。そういうことになっているわけですよ。たぶん、日本もそのうちそうなっていくような気がします。

これからは、三つの伝統がそれぞれお山の大将を気取っている時代は終わって、横並びになって交流しなければならない時代です。だから、小乗や声聞といった今まで使われていた言葉にしても、敵対心を生むような意味合いでは極力使わないで、できるなら別の言葉を探した方がいい。さらに理想を言えば、違いを言うときに、貶めるような言い方ではない、新しい言葉を作る必要がありますね。仏教の多様性が花開くような状況になってきているんですから。

しかし、同時に違いをはっきりさせる必要はあると思うんですよ。ただ握手すればいいという話ではなくて、どこがどう違うかを理解する。実は、これが大切なことなのです。

――違いへの理解、ですか。

一照 僕がスマナサーラ長老と話した時に思ったのは、教義の捉え方、本質的なダルマの捉え方に、架橋できないギャップがもしかしたらあるのではないか。そこが問題だったのではないかと思うのです。

小乗、大乗の対立的な言葉が生まれた背景には、やはり相容れないものがあったのではないか、仏教の伝統、教義や世界観、修行観の中に、同じ名前で呼べない異質なものがあった。

橋爪大三郎さんと大澤真幸さんが対談した『ゆかいな仏教』とか、あと魚川祐司さんも書いていたかな。本来、同じ名前で呼べないものが、同じ仏教という名前で呼ばれているところに問題があって、別な名前にしたほうがすっきりするのではないか、という意見もある。そのくらい、違いがあるわけです。

――大乗仏教徒、小乗仏教徒の間で、その違いはどんな言い方でされてきたのですか。

一照 小乗のほうは「大乗はあとから新しく興ったものであって、ブッダはそんなことは言っていない」と言うんですね。

それに対して大乗のほうは「ブッダの言葉の中には既に大乗的な要素があって、大乗はそこからもうすでにあるんだ」ということを言う。新しく興ったというふうに言うけれど、そうではない。もともとあったものを自覚的に取り出したものが大乗なんだ、と。で、小乗は「それを受け取り損なった連中のセリフだ」とするわけです。

声聞というのは、経典に遺っているブッダの言葉とされるものに囚われている人たち。あるいは書かれた経典を、原理主義的に書かれた通りに受け取る人たち。禅などはそれを批判して、「文字に囚われている連中だ」というような言い方をするわけです、偶像崇拝に近いようなことだと。

そういうことを言わざるを得ないような状況が、過去に確実にあったのだと思うのです。過去に喧嘩別れに終わった対立を、今改めて、俎上に乗せて、決着をつける時が来ているのかもしれませんね。果たして、冷静にそれができるような成熟度に仏教者たちが到達しているのかどうか。もしかしたら、そういう地雷みたいなものには触れないまま、外交的に仲良くする道を選ぶかもしれませんが、僕個人としては、ガチで討論してみたらどうかと思っています。それが、新しい法輪が転ぜられる契機になるかもしれない。もちろんそのためには、高いレベルでのやりとりにならなければなりませんが。

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