——人間をして人間ならしめている贅沢な部分、思考の使い方は選択できるということですね。
自分次第で変わってきます。「あなたは苦しいほうにエネルギーを使いますか。楽しいほうにエネルギーを使いますか」。「それはあなた自身で選択することができますよ」ということなんです。選択は自分の手の中にある、ということに目覚めないと、選択の自由がない状態で、「私は幸せになりたい、なりたい」と言いながら、「どうしてうまくいかないのだろう」という結果になります、思い込みにはまり込んでいるわけですから。これでは堂々巡りです。
ですから目指すのは、そういった堂々巡りの「輪廻」の輪から抜け出す——解脱することです。もちろん、ここでいう輪廻とは、古来仏教が伝えるような「死んでからの生まれ変わり」を指すものではありません。我々は、はまり込んで抜け出せない、小さい輪廻の渦というべきものをたくさん自ら作り出しているということです。それに自分でハマってしまっています。ですが、そこから小さな〈小〉解脱をすることもできるわけです。思考の輪廻からパッと抜け出すことを繰り返すことで。それは小さな「解脱」を繰り返すという感じです。
そういう感じでお伝えしているのですが、ここで重要なのは、呼吸を中心とした自分の「身体感覚」に意識を持っていくことで、小さな解脱だったらすぐできますよ、ということです。思考からパッと離れられる。心の問題を心で何とかしようともがくのではなく、体は今何を感じているのか、そこに戻ってゆくことが大切です。そういうことを「あ、これかも!」と会場で実際に体験していただき、日常生活の中で思い出せれば、自分という重荷を下した、もっと楽な生き方ができるのではないかと思っています。
東京・渋谷で開催された瞑想会で指導をする島田さん
——最後に、マインドフルネスを日常生活の中で生かし、人生の指針としていくためには、何に気をつければよいか、教えていただけますか。
われわれがマインドフルネスの恩恵を享受して生かすためには、出家して専門的に取り組むのでない限り、生活者の立場で、理知的で現実的なマインドフルネスの実践法を考えなければなりません。簡単に言えば、今ある家庭や仕事を大きくは変えず、ソフトランディングする道を歩きましょう、ということです。変えていきたいなら、徐々にやっていくことで、急に暮らしぶりや考え方を変えたりするとギャップが大きくなりすぎます。
ティク・ナット・ハンが来日した1995年当時、オウム真理教の事件もあって、瞑想自体が市民の生活を脅かすようなものと、残念ながら誤解されました。オウム真理教は論外としても、奇をてらうような現実生活とのギャップを作らない。今の生活のままでマインドフルネスを応用していって、だんだん楽になるようなソフトランディング的な道のりを目指してゆく。生活を変えるにしても、プロセスを大切にしないといけません。何よりご家族との関係を大切にすること、職場の人間関係にも気配りし、日常的なコミュニケーションを重ねていくことも大切です。
「歩く瞑想」でも、一歩一歩のプロセスを大切にします。いきなりゴールだけがほしいというようなあり方は、マインドフルネス的ではありません。みなさん、一歩一歩、生きること全体のプロセスを大切にしながら、マインドフルな人生を歩んでいってほしいと思います。
——5回にわたって、貴重なお話をありがとうございました。マインドフルネスが日本に上陸した当時の時代背景から、それが現在、ブームとまで言われるようになったその陰には、ティク・ナット・ハン師をはじめ多くの方々のお骨折りがあって、私どもがその恩恵に浴すことが出来るのだ、ということがよくわかりました。その恵みを大切に、マインドフルな毎日を送っていきたいと、心新たにいたしました。どうもありがとうございました。
国内のティク・ナット・ハン瞑想会や出版情報は、『ティク・ナット・ハン マインドフルネスの教え』を参照
南部ボルドー地方に仏教僧院・瞑想センターである「プラムヴィレッジ」を創立。在家の瞑想実践者を含めて世界中から多くの参加者を集め、日々の生活の中のマインドフルネス、平和の創造、共同体形成、社会奉仕活動の指導・実践を行っている。
現在700名を超える僧侶を中心に、世界中にプラムヴィレッジの僧院・瞑想センターが設立され、自主的な瞑想会の集まり(サンガ)も数百を数える。1995年には来日し、3週間にわたって全国ツアーを行った。現在日本国内の定期的な瞑想実践会は十数か所。邦訳書は30冊を超える。
21世紀に入るととくに、「応用仏教Applied Buddhism」の名のもとに、アメリカ連邦議会、ユネスコ本部などの国際機関、グーグル本社などの多国籍企業、教育機関、刑務所、医療施設などでひろく講演・リトリートを行い、世界的にマインドフルネスが広まるきっかけになった。
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