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「感じる身体・実践する心」Zen2.0レポート(2)

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「坐りましょう、それが一番です」と瞑想に誘うアチャン・ニャーナラトー師

「Holiday of the heart――こころの休日ということ」

アチャン・ニャーナラトー:京都大学医学部卒業。医師の国家試験に合格後、精神的な探求のためアジアを旅し、1986年、タイの大長老アチャン・チャー師の設立したワット・パー・ナーナーチャーット(国際森林僧院)でサーマネーラ(沙弥)出家。

*  *  *

「日本は、restless countryだ」これはアチャン・ニャーナラトー師がタイの修行僧から聞かされた言葉でした。“落ち着かない、やすむことのない国”。母国・日本を離れてタイで出家した彼は深くうなずきました。

そしてこの日、彼は私たちにこう問うたのです。

「マインドフルネス瞑想を実践するMeditatorのあなた方は、どうですか?」

「気づいたら、修行が、マインドフルネス瞑想が、重荷になっているのではありませんか」。

「瞑想というこころとからだに触れ合う機会が、ともすれば、『いいことをしている』『がんばっている』『一生懸命やっている』というように、よく心を見つめてみると、幸せになっていない。かえって、やすらぎや自由から遠ざかっているということが起こる。これが修行者の陥りやすいところなのです」。

Holiday of the heart. それは、こころの休日

――Surrender to present moment.(今、この瞬間への降伏)

あるいは、Gratitude to present moment.(今、この瞬間への報恩の念)

「これは、生き方、人生の在り方に拡大解釈してもいい」と言うアチャン・ニャーナラトー師。

「Meditatorである私たち、気づいたら、『私はがんばっている、年に何回もリトリートに行っている』、などと口にしてはいないでしょうか。それでは、せっかくの修行が苦行になってしまうのです」

――がんばらない、Holiday of the heart.

 

「こうでなくてはならない。まずそこから離れることです」

「瞑想というのは、こころとからだに帰る、振り返る、出遭う、ということ。

「何かを手に入れたい、答えを出したい、あるいは問題を解決したい、これを達成したい。――これは確かに人間の活動としては大切なことなのですけれど――、何か、それが気づいたら重荷になっている……」。

「Holiday of the heart. とは、「なんかおかしい」、そこで大切な原点に帰る、大切なポイントに気づいてください、というメッセージなのです。

「ややもすると僕らはこころを、使う、命令する、考えるとか、あたかも自分の道具のように命令する、考えなさい、答えを出しなさい――etc.」

Do! Do! Do!

「この瞑想の機会Holiday of the heartというのは全く違うありかた、ゆるしてあげる、ゆるめてあげる、手放す、帰る。ひょっとして僕らは、何かをする、何かを手に入れる、何かから逃げる、何かにたどりつく――Do! Do! Do! その連続かもしれません。それでは、やはり、しんどくなるのではないでしょうか」。

「さあ、坐りましょう。それが一番いい――Holiday of the heart.」

こうして、瞑想の時は静かに流れてゆくのでした。
(Zen2.0のレポートは次回へ続きます)

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