ネオンが煌めく不夜の街・歌舞伎町には、人生に行き詰った人々が助けを求める「駆け込み寺」がある。駆け込み寺では鎌倉の東慶寺が“縁切寺”として有名だが、人生にのっぴきならない事情を抱えた人々が日夜、駆け込んでくる歌舞伎町の「駆け込み寺」は“寄り添い寺”のような場所である。寺といっても寺院ではない。本書の主人公である玄秀盛が代表を務めている公益財団法人「日本駆け込み寺」である。
玄はこれまで、3万人以上の悩める人々の相談に乗ってきた。虐待、ストーカー、借金、家族不和、DV(ドメスティック・バイオレンス)……相談の内容は多岐にわたり、深刻な悩みを抱えきれずに自殺を考える人も助けを求めてくる。血のにじんだスリップ1枚を身に着けた女性が、男に追われながら駆け込んできたり、同性愛に目覚めて蒸発してしまった夫を探してほしいと、その妻が頼みに来たりもする。人々が抱える悩みは、枚挙にいとまがない。
玄自身も凄まじい過去を生きてきた。5歳まで出生届けが出されず、6歳で母親に捨てられ、実父からの虐待が始まった。「死ぬのは簡単。だが生き抜くのは難しい。だから生き抜いたろ」――そう決意したのは小学2年生の時である。継母にも疎ましがられたが、実父の暴力から少しでも逃れるために、家事や子守に明け暮れた。自由を求め、小学4年生で新聞配達のバイトを始めた。繰り返す転校で周囲と打ち解けられず、学校では幾度もいじめに遭ったが、そのたびに容赦ない報復を与えることで自分を守った。小学5年生で血便が出るなど、にわかには信じ難い人生を、玄は幼少の頃から歩んでいる。
万引き、違法な人材斡旋、暴力団との抗争……人の道に外れることだろうと、生きるためには何でもしてきた玄だからこそ、相談者に言える言葉がある。「鼻クソみたいな悩みで人って死ねるんやなあ。死にたければご勝手に」と、時に切り捨てるような言葉を浴びせることもあるが、その言葉が相談者の人生を変える。
あらゆる悪事も働いた玄が、「駆け込み寺」という相談所を開設して人助けの人生を歩むに至ったのはなぜなのか。本書では、佐々涼子さんが取材を通して玄秀盛という男に肉薄する。明かされていく玄秀盛という人間、その玄を理解しようとするも、戸惑いや葛藤を隠し切れない佐々さんの感情がにじみでた文章も、特筆すべき本書の魅力である。
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