――ありがとうございます。たいへんよくわかりました。ところで、「慈悲の瞑想」の中には「私の嫌いな生命も幸せでありますように」という文言があります。これで苦しくなるという人も見受けられるようですが……。
まあ、引っかかって当たり前なんじゃないでしょうか。そもそも、みんな善人被りをしたがるという悪い癖があるのです。嫌いな人とか、嫌いな生命が幸せでありますように、と言ったとき抵抗感があるのは当たり前なんです。それが生命のあるがままの姿なのですから。
そのあるがままの姿を乗り越えることが、慈悲の完成なのです。やりにくいのは当たり前の話です。だからそこで観察モードになって、「今、『慈悲の瞑想』をすると、嫌いな生命に対しては怒りが生まれるんだな」というふうに自己観察すれば、それで終わりだと思うのですけれど。「なるほど、発見した」と。
今、自分の心は、こんな状態なんだ。嫌いな人の幸せを願おうとしただけで、こんなに腹が立つくらい、しょうも無いんだ。なるほど、自分の心というものはこんなに狭いものなんだ、と気がつけば、それでいいのです。これは、自分を軽視するという話じゃなくて、予断や思い込みにまみれた「自己評価」を軽視しなさい、ありのままに観察してみなさい、ということです。
だいたい、瞑想すると気持ちよくなると思っているから、問題に感じるんだと思いますけどね。最初は、混乱した心を落ち着けるだけで気持ちよさを感じるかもしれませんが、修行が進むということは、あるがままの自分と直面することだから、嫌なものも見るに決まっているじゃないですか。自分なんて、ろくでもない存在なんだから、それは嫌なものも見ますよ、いろいろ。ですけど、それでも観察モードを保てれば、それに対して落ち込んだりはしない。「ああ、なるほど」と観察して、それで終わりますから。
どうしても無理なら、その文言の部分を対象から外すっていうのもひとつの緊急避難としてはあり得ます。取り敢えず、やり易いところからやってみる。「生きとし生けるものが幸せでありますように」というのが OK であれば、それだけやるとか。もちろん、緊急避難だという自覚は持っていてほしいですけど。
仏道修行の本質論から言うと、うまくいかないのは当たり前です。そんなに良い人間だったら、修行する必要もないじゃないですか。そこは勘違いしやすいところですよね。ろくでもない人間だから、修行してがんばろうと思うわけだから。そんな、最初から完璧に慈悲の瞑想ができたら、だれも苦労しないですよ。そう思って頑張っていただきたいと思います。
――逆にそう言っていただけると救われますね。肩の力を抜いて実践できそうです。今回は4回にわたり貴重なお話をありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。とっ散らかった話になっちゃいましたが、ブッダの瞑想とは「観察モード」で日々を生きることだ、と簡単に憶えてもらえたら幸いです。
参考資料:『慈悲の瞑想』の言葉(日本テーラワーダ仏教協会)
私は幸せでありますように
私の悩み苦しみがなくなりますように
私の願いごとが叶えられますように
私に悟りの光が現れますように
私は幸せでありますように(3回)
※「私は幸せでありますように」と心の中で繰り返し念じます。
私の親しい生命が幸せでありますように
私の親しい生命の悩み苦しみがなくなりますように
私の親しい生命の願いごとが叶えられますように
私の親しい生命に悟りの光が現れますように
私の親しい生命が幸せでありますように(3回)
※「私の親しい生命が幸せでありますように」と心の中で繰り返し念じます。
生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように
生きとし生けるものに悟りの光が現れますように
生きとし生けるものが幸せでありますように(3回)
※「生きとし生けるものが幸せでありますように」と心の中で繰り返し念じます。
私の嫌いな生命が幸せでありますように
私の嫌いな生命の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな生命の願いごとが叶えられますように
私の嫌いな生命に悟りの光が現れますように
私を嫌っている生命が幸せでありますように
私を嫌っている生命の悩み苦しみがなくなりますように
私を嫌っている生命の願いごとが叶えられますように
私を嫌っている生命に悟りの光が現れますように
生きとし生けるものが幸せでありますように(3回)
佐藤哲朗(さとう・てつろう)
1972年、東京都生まれ。東洋大二部文学部印度哲学科卒業。ライター・雑誌編集者などを経て2003年から日本テーラワーダ仏教協会事務局長を経て現・編集局長。インターネットを通じた伝道活動、アルボムッレ・スマナサーラ長老の著作編集などを担当。単著は『大アジア思想活劇――仏教が結んだ、もうひとつの近代史』『日本「再仏教化」宣言!』サンガ。共著に『日本宗教史のキーワード』慶應義塾大学出版会などがある。
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