——マインドフルネス、あるいはティク・ナット・ハン師の著作や、教えに学んでいく中で、注意しなければならないことがありましたら、最後に教えていただけますか。
誰だって楽になりたいときには、「私が」から始まります。でもそうするうちに、その「私」のほうが重くなり過ぎて、楽になるのがテーマだったはずなのに、頭でっかちになって、その重荷に自分が喘ぐことになってしまうのです。だから、ある所で重荷を下ろしてやらなければ、楽になれません。そのときが、どうしてもやってくると思います。
ではどうやって重荷を下すのでしょうか? ティク・ナット・ハンは、それをわかりやすく示している人のひとりです。ある程度、ヴィパッサナーなりマインドフルネスをやった人が、最初のこの言葉「ブッダに歩いてもらう」に出会うとピンと来るかもしれません。何も知らない人が「ブッダに、代わりに歩いてもらう」と言われても、神秘的過ぎてわからないかもしれません。けれども、自我に苦しんだという経緯があって、自我の重みを下して軽くなりたいのであれば、ティク・ナット・ハンが教えるような「こういう意識のシフトがあればいいよね」と、気づけるように思います。
僕の場合は、ティク・ナット・ハンに出会う前に、木工職人の仕事や、長い距離を歩くピースウォークによって、(言葉では知りませんでしたが)マインドフルネスを肌で感じるという経緯があったものですから、いわゆる心理ワーク、悩みを心と絡めてひたすら話し合ったり、自分の心と取り組んでさまざまなワークをやるよりも、むしろ今、目の前にある〈これ〉をすること、ここにあるんだから、まずこれにとりかかるということがぴったりときました。まさにこれが、マインドフルネスだと思います。
自我を自我によって治療をしていくと、執着を膨らませているだけで、重くなっていってしまう、ある罠にかかっていくという危険性があります。禅などでは、その危険を解除すべく、指導方法も、修行体系も工夫してきた歴史があります。でも、いきなり禅堂に行って坐禅を組んでみても、そうしたタイプの修行にすぐには入り込めなかった経験が僕にもあったし、多くの人にとってそれだけではちょっと敷居が高過ぎると思います。もっとわかりやすく、心のからくり、罠にはまらずに楽になっていく方法って何だろうか、というところが、マインドフルネスの肝心なポイントだと思います。
日常の中では、生活を大きく変えること、たとえばいきなり旅に出たりなどはできません。今のこの生活をキープしながら、いかに重さから解放されていくか、ということが多くの人にとっては現実的でしょう。
昨今、マインドフルネスが日本に紹介されるようになりましたが、よく理解するためにティク・ナット・ハンのアプローチは非常に重要です。シンプルに書かれている「私が歩いているのではない、ブッダが歩いているのだ」という表現は、あまりにもシンプルなので、もっとずっと手前の日常的なレベルから、わかりやすい文脈の中で説明される必要があると思います。
私たち日本人が理解できるように、日本の文化の中で、日常の文脈の中でティク・ナット・ハンが紹介されることが必要だなと思い、著作の翻訳をしたり、ここ「ゆとり家」で瞑想会を開催したり、講座をやったり、あるいは呼ばれて講演をしたりしています。これはティク・ナット・ハンに学んできた私の使命だと思っています。
「ゆとり家」の森の端の箒木(ホウキギ)の前で
昨日も、ある自治体の精神保健の講演会に行ってお話をしてきました。主に集まってきてくれたのは、精神病をもった当事者の方たち、家族、支援者、専門職の方たちでしたが、そういう方たちにマインドフルネスがどう役立つのかというテーマで実践付きの講演をしました。
多くの場合、悩みすぎているわけです。悩みによって悩みを突き抜けていくことはできないので、というのは心が気になりすぎてこだわりになってしまっているから、ちょうどいい大きさにちゃんと戻してあげる、そのためにマインドフルネスを使ってみましょう、という形で紹介しています。
——ありがとうございました。次回、最終回では、そのような「ゆとり家」の活動を、もうすこし具体的にご紹介いただきたいと思います。
国内のティク・ナット・ハン瞑想会や出版情報は、『ティク・ナット・ハン マインドフルネスの教え』を参照
南部ボルドー地方に仏教僧院・瞑想センターである「プラムヴィレッジ」を創立。在家の瞑想実践者を含めて世界中から多くの参加者を集め、日々の生活の中のマインドフルネス、平和の創造、共同体形成、社会奉仕活動の指導・実践を行っている。
現在700名を超える僧侶を中心に、世界中にプラムヴィレッジの僧院・瞑想センターが設立され、自主的な瞑想会の集まり(サンガ)も数百を数える。1995年には来日し、3週間にわたって全国ツアーを行った。現在日本国内の定期的な瞑想実践会は十数か所。邦訳書は30冊を超える。
21世紀に入るととくに、「応用仏教Applied Buddhism」の名のもとに、アメリカ連邦議会、ユネスコ本部などの国際機関、グーグル本社などの多国籍企業、教育機関、刑務所、医療施設などでひろく講演・リトリートを行い、世界的にマインドフルネスが広まるきっかけになった。
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