陳 建一(料理人)

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技術だけでは作れない

ほかの弟子たちにはとっても厳しい父が、僕には非常に甘くてね。それには困った。僕より技術が上の先輩たちは叱られているのに、僕には何も注意しない。そりゃあ、居心地が悪いですよ。だから、必要以上に周りに気を遣いました。でも、それもいまとなってはいい思い出だね。

父は、細かく何かを教えるってことはないの。「見て覚えろ!」「食べて覚えろ!」って言うタイプ。よく言われたのは「あなた、彼女、作る、いいま(いいですよ)」。この意味、わかる? 自分の彼女のために料理を作る気持ちで、お客さまに料理を作るといいですよっていうこと。つまり、愛する人に「美味しい」と言ってもらうために、また、その人の笑顔を見るために料理を作ってごらんということです。

この言葉をいまでも大切に、あとに続く人たちに伝えています。料理に大事なのは、もちろん「技術」。でも、技術だけでは、いい料理は作れない。そこに「心」を加えて初めて料理は完成するんです。

34歳で父から店を引き継ぎました。父に憧れて、父の名前を汚さないように必死で努力をしましたが、父の壁は大きくて、なかなかうまくいかなかった。当然、父を超えることなどできずに、途中で挫折。それこそ、うつ状態になりました。でも、そのときわかったんです。陳建民になるのではなく、陳建一のファンを増やしていけばいいんだと……。

そして2014年、息子の建太郎に社長の座を譲りました。彼は36歳。父から店を譲り受けた当時の私より2歳年上です。
目の前のお客さんが喜んでくださるよう、精いっぱい腕を振るってほしいと思います。

そうは言ってももちろん、まだまだ僕も厨房に入りますよ。喜ぶお客さんの顔を見ると、幸せな気持ちになるからね。

陳 建一(ちん けんいち)
料理人
陳 建一(ちん けんいち)
1956年、東京都生まれ。玉川大学卒業後、父・建民が創業した「四川飯店」で修業し、90年に店を引き継ぐ。93年から放送されたテレビ番組『料理の鉄人』では、“中華の鉄人”として活躍。現在は「四川飯店」のオーナーシェフとして、後進の指導にあたる。『陳家の秘伝』『「段取り」の鉄人』など著書多数。
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