煩悩を否定しない
会社で日々仕事をしていると、いろいろな欲望や悩みが出てくるものです。とりわけ人事面では出世が遅れた、給料が少ない、人事評価が正当でない、自分にふさわしい仕事が与えられていない、やる気を失わせる上司がいる、部下が指示通り動かないなど、不満の種は尽きません。
毎年、人事の昇格や異動の時期は、どの会社でも社員の悩みや苦しみが繰り広げられます。やれ同期より昇格が遅れた、誰が出世頭になった、給料や賞与の査定が公平でない、転勤で格下の支店に飛ばされたといった愚痴や嫉妬で居酒屋は盛り上がり、互いに傷を舐めあっている光景をよく目にします。
社内の厳しい競争を勝ち抜いて部長に昇格した人が役員昇格選別時に漏れた時、急にやる気を失ってしまう人が多いのですが、それでは社長にならない限り満たされません。出世自体が目的になっているからです。そのような生き方では心の幸せは得られません。
大事なのは自分の心に本当に納得できる仕事ができたのか、真にお客さまのために役立つ仕事をしたのか、小さな正義を振りかざし全体の大義を忘れてはいなかったか、私利私欲ではなく社会の発展のために本当に貢献できたかどうかなのです。
会社にはさまざまな役職がありますが、役員や部長や課長の地位は、「この世での使命の違いだけであり、その人に合った使命があり、人間性の上下では決してない」のです。地位や肩書きにとらわれると自分の心を見失います。
人間なら出世欲や金銭欲はあります。出世欲は部下を支配できるという支配欲、権力欲を満たします。人を支配することで自分の実力が高まったように誤解して「傲慢という煩悩」につながるのです。
しかし、ここで心の切り替えができるかどうかが人生の分かれ目です。煩悩があることを否定せず、煩悩があるからこそ謙虚に自分の至らなさを反省し、人間性を高めて世の中に貢献しようと努力するプロセスが大事なのです。つまり利益の欲求という煩悩的欲求を肯定しながらも節制心を持って、心を高め正しい考え方で仕事ができるかどうかです。
売り上げや利益など業績を上げなければならず、上がったらさらに伸ばそうと欲が出ます。健全な成長で社会の役に立つなら拡大は意味があります。
煩悩をすべて抑えつけるよりも、煩悩があるからこそ、それに悩み苦しむ自分に気づいて、人間の道として何が正しいか、あるべき姿は何なのかと考える。そして試行錯誤を繰り返しながら、改善・解決に向けて粘り強く努力し行動する中で心が高まっていく。それは仏道修行に通じるものであり、悟りである真理の道に達することができるという意味で「煩悩即菩提」なのです。