最高のプレゼント
成績が良くても褒めてもらったことはありませんでした。でも、勉強が好きだったので、高校3年生の春、父に思い切って「医学部に行かせてくれ」と言ったんです。そうしたら「バカヤロウ! 勉強なんかするな!」と一蹴。怒鳴られたら、もう何も言えなかった。
それでも医者になる夢はあきらめられずに、勇気を出してその夏、もう一度「医学部に行かせてほしい」と頼んだんです。でも、父の態度は変わらない。怒鳴るだけでした。僕は思わず父の首を絞めていました。そうしたら父が泣き出して。その涙を見て、僕はわれに返って手を緩めた。あとは二人、床に突っ伏して泣きました。
そのときに父が言ったんです。
「お前に自由をやる。俺は何もしてやれないけれど、あとは自分の責任で好きなように生きろ!」
ほんとうの自由をもらった気分でした。同級生の誰よりも早く僕は自由になれた、と思いましたね。父からもらった最高のプレゼントです。父性というのは「(子どもを)育てて旅出たせる」こと。父親とはそういう役目なんだと思います。
1歳10カ月で父の元にもらわれた記憶がなくても、心のどこかで覚えていたのでしょうか。潜在意識のなかに「もう二度と捨てられたくない」との思いがあったように思います。だから、父と血のつながった親子だと思っていたときでも、不思議といつもいい子を演じて頑張っていた部分がありました。ほとんど褒めてもらったことはありませんでしたが、僕がいないときは、みんなに「實が」「實が」と自慢していたらしいです。
貧しい時代のさなかに他人の子どもを拾うという父の勇気を考えると、なよなよと生きたら父に申し訳ない。言うべきときに言う勇気、やるべきときにやる勇気をもち続けたいと思っています。僕の命は父に与えられたもの。捨てられて一度ゼロになった命です。だから、いま持っているものをちゃんと生かして社会に返し、締めくくりたい。ゼロに始まり、ゼロに返ればいいと思っています。