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食に向き合う

広瀬 裕子
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暮らしの中から見えてくる風景や心象を表現し続ける、エッセイストの広瀬裕子さん。
2017年冬に、鎌倉から香川へ移住。
現在、設計事務所のディレクションに携わり、場づくり、まちづくりにも関わっています。
住む場所を変えて、見えてきたもの、感じた思いを綴ります。

 

食べるという行為は、こころとつながっていると思うことがよくあります。こまやかに自分を観察していくと、そのときの精神状態と何をどのように食べるかということが、呼応し合っているように見えてきます。

気持ちが落ち着いているときは、きちんとつくられたものをゆったりした気持ちでいただいています。料理をする場合は、段取りよく、流れるように身体が動きます。

反対につかれていたり、こころがざわついているときは、食事も落ち着きない感じになります。つくることが億劫に感じる場合もあれば、いつものように作っているのに出来上がりに粗さを感じるときもあります。

以前「食事の瞑想」を何度かひらいたことがあります。サーブされた食を、言葉を発せず静かにいただく。食べることだけに向き合う時間。それが「食事の瞑想」です。携帯電話を切り、その場にいるひとと話さず、食事にこころを向ける。

そのときわかるのは、ふだん「食べる」という行為に自分があまり集中していないということです。食べながらほかのことを考えている、食事をしながら別なことをしている、話しに夢中になっているなど、目の前の本来の目的と無意識にしている自分の行動の差に気づきます。また、食事に集中することで、いつもはわからないような繊細な味、食感、身体の変化もわかります。

そして──。食事という行為のなかにも、いくつもの世界、層が重なっていることを知ります。そのとき点と点がつながり、何かに気づきます。

「おいしい」という感覚のなかにも、いくつもの層があります。舌がおいしいと感じるもの、身体が求めている感覚、こころがよろこんでいる様子。自分が何を、どの層を、望んでいるのか。それを知ることは、自分を知ることにもつながっていきます。

日頃はそういった「食事に向き合う時間」を持つのは、むずかしいかもしれません。食事は、たのしく、おいしくが基本です。でも、食べることはずっとつづいていくことですし、別のいのちを形を変えていただくことです。そう思うと、日々のなかで何かの機会に食事にこころ寄せ、考え、感じる時間を持つことは、大切なことだと思います。

ティク・ナット・ハンさんが、アメリカのグーグル本社に招かれ「食事の瞑想」をされた様子は、映像として見ることができます。ひとくちひとくち、味わいながら、静寂のなか食事をいただく。その時間は、豊かさにもいくつもの層があることを教えてくれます。

photo by Yuko Hirose

(月1回連載)

 

広瀬裕子

東京都生まれ。エッセイスト/設計事務所ディレクター/縁側の編集室共宰。「衣食住」を中心に、こころとからだ、日々の時間を大切に思い、表現している。
2017年冬、香川県へ移住。おもな著書に『50歳からはじまるあたらしい暮らし』『整える、こと』(PHP研究所)、『手にするものしないもの 残すもの残さないもの』(オレンジページ)など多数。

広瀬裕子オフィシャルサイト http://hiroseyuko.com
あたらしいわたし
共著者:藤田一照×広瀬裕子
出版社:佼成出版社
定価:本体1,200円+税
発行日:2012年12月
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