暮らしの中から見えてくる風景や心象を表現し続ける、エッセイストの広瀬裕子さん。
2017年冬に、鎌倉から香川へ移住。
現在、設計事務所のディレクションに携わり、場づくり、まちづくりにも関わっています。
住む場所を変えて、見えてきたもの、感じた思いを綴ります。
東京が暮らす場所から訪れるところになり、何年かすぎました。
わたしにとって東京は、生まれ育ったということもあり、いつも「帰る」という感覚になります。
飛行機の窓から富士山を目にしたとき、羽田沖で行き交う無数の船が見えたとき
「帰ってきた」と思うのです。
ここ1、2年、東京の変化におどろきます。
道が整備され、薄暗かった地下鉄が明るくなり、煩雑にあふれていた町の色は統一され
ときにヨーロッパの街のよう、と思うこともあります。
新しくきれいになることが成熟のすべてとは言えませんが、
それでもこれは成熟のひとつの過程なのだと思います。
いま、暮らしている土地は、この1、2年、田んぼがなくなり
速いスピードで宅地化が進んでいます。
昨年まで青々と稲穂がゆれていた場所も、気づくと区画された土地になっています。
築100年の家もあっけなく壊され、がらんとした空き地を
「つぎは何ができるのだろう」と訝しくながめています。
東京の整い方とは別の流れが、町にはあるのです。
これから、わたしたちができるのは、きれいなもの、うつくしいものを
つぎへ残す、伝えていくことではないでしょうか。
壊されてしまったもの、失ったもの。
その時代を経て、いま、わたしたちは、ここに立っています。
多少の不安はあったとしても、明日、食べるものがないということはほとんどありません。
こんな恵まれた時代はいまだかつてないと歴史をひも解くと見えてきます。
そんなときだからこそ、うつくしいものを残し、伝え
また、よいものを造り、残すことができると思うのです。
変わらないものは何もない。人も、町も。ほんとうにそう思います。
だから、その度に落胆していても仕方がありません。
多くの人が、うつしいものはうつくしいと認識できる目を持ち合わせています。
共通した美意識のようなものが、時代や世代、人種を超え、存在しています。
そこにうつくしいものがあれば、人は大切にし
日常のうつくしさは、生きるよろこび、生きる力になっていきます。
うつくしい土地、町は、未来へつづく財産になります。
田んぼがなくなるなら、つぎにうつくしいものを造り、樹々を植えればいいのです。
車優先ではなく、人が優先される道を考えていけばいいのです。
うつくしさと生きやすさ、利便性は、相反するものではありません。
聴こえてくる音、そこをつつむ香り、暮らす人たちが醸しだしている空気。
うつくしさのなかには、それらも含まれます。
いま、すでにあるうつくしいものを大切に。つぎに造るものはできるだけうつくしく。
(月1回連載)
東京都生まれ。エッセイスト/設計事務所ディレクター/縁側の編集室共宰。「衣食住」を中心に、こころとからだ、日々の時間を大切に思い、表現している。
2017年冬、香川県へ移住。おもな著書に『YES』『50歳からはじまるあたらしい暮らし』『整える、こと』(PHP研究所)、『手にするものしないもの 残すもの残さないもの』(オレンジページ)など多数。