暮らしの中から見えてくる風景や心象を表現し続ける、エッセイストの広瀬裕子さん。
2017年冬に、鎌倉から香川へ移住。
現在、設計事務所のディレクションに携わり、場づくり、まちづくりにも関わっています。
住む場所を変えて、見えてきたもの、感じた思いを綴ります。
人には、それぞれ引き出しのようなものがあり、そのなかには、いままで経験したことが入っています。
鮮明な記憶のものもあれば、意識から消えかかっているもの、または、なくなったように見えるものもあります。
整理された思い出もあれば、曖昧なままのものもあり、
引き出しは、ひとの数分この世界に存在しています。
その引き出しのなかには、さらに自分で分類した何種類ものインデックスがあります。
その人がつくった項目──です。
「おいしい」や「うれしい」、「たのしい」というインデックスもあれば
「苦手」「たいくつ」というものもあります。
ざっくり分けている人、細やかに分類している人など、分け方の基準もいく通りもあります。
いつからか、そのインデックスに「悩む」「心配する」というものがなくなりました。
正確には、まったくないわけではありませんが、それらは引き出しの隅のほうに静かにあるという感じです。
そのため、日々「悩む」「心配する」ということがほとんどなくなりました。
気にやむことがないわけではありません。
対処すべきこと、考えること、やることは、いくつもあります。
突然(と、自分は思っているだけですが)、大きなできごとに出合うこともあります。
ただ、そのことを「悩み」や「心配」というインデックスに入れないようにしているのです。
問題が起きたら、それをどうすればいいかに意識を向ける。
困ったなあと思っても、それを悩みのインデックスに入れない。
どうなるかわらないずっと先のことに対して「こうなったらどうしよう」という心配と結びつけない。
そうするだけで、ずいぶんと風通しはよくなります。
さらに、考えて解決するものは「考える」に分類しますし
自分の力だけではどうにもならないことは「ときどき考える」「もうすこししたら検討する」に入れるようにしています。
もし、それらをすべて「悩み」「心配」というインデックスに入れたら
まいにちは「悩み」や「心配」に支配されますし、本当に「悩み」になってしまいます。
かと言って、都合のいいように考えることもしないようにします。
分類の基準があるとしたら、できるだけニュートラルに。
インデックスは、自分でつくっていけます。
分類の方法も、選び方も自由にできます。インデックス名もすきに決めていいのです。
同じことが起きても、インデックス名がちがえば受け取り方も対処も変わってきます。
引き出しには、どんなものがはいっていますか。
何というインデックスで、これからどんな種類をふやしていきたいですか。
以前の分類を見直し新しく上書きをしてみよう。名前を変えてみてもいいな。
手をつけたくないものはしばらくそっとしておこう。消去してもいい。
そう思うと、気持ちがかるくなってきます。
そのかろやかさが、日々、更新されていく現在進行形の世界でもあるのです。
(月1回連載)
東京都生まれ。エッセイスト/設計事務所ディレクター/縁側の編集室共宰。「衣食住」を中心に、こころとからだ、日々の時間を大切に思い、表現している。
2017年冬、香川県へ移住。おもな著書に『YES』『50歳からはじまるあたらしい暮らし』『整える、こと』(PHP研究所)、『手にするものしないもの 残すもの残さないもの』(オレンジページ)など多数。