暮らしの中から見えてくる風景や心象を表現し続ける、エッセイストの広瀬裕子さん。
2017年冬に、鎌倉から香川へ移住。
現在、設計事務所のディレクションに携わり、場づくり、まちづくりにも関わっています。
住む場所を変えて、見えてきたもの、感じた思いを綴ります。
一日がはじまると最初に「今日やること」をリストアップします。
締め切りがあれば締め切りを、返事の必要があるメールがあればそれらを
買い物やそうじなど「日々を整える」こともリストに書きこみます。
そんなふうに毎日やることを書いていますが
長い時間軸のなかでは「やらないこと」「やりたくないこと」を優先しています。
それは「やらないこと」を明確にすることで「やりたいこと」が浮かびあがってくるからです。
自分のやりたいことがわからない時期がありました。
すきなことはいくつかありましたが、それを長い時間(例えば自分の人生)をかけ
やりたいと思うほどの「すき」ではありませんでした。
また、それを「仕事にしよう」と考えることもできませんでした。
やりたいことがわからないまますぎていく毎日は、地図を持たず歩いているようなものです。
やりたいことがわかるのは、案外むずかしいのです。
あるとき「やりたいことがわからないなら、やりたくないことをしないようにすればいい」と思いました。
そのときも、いまも、わたしは「やりたいこと」より「やりたくないこと」の方が明快なのです。
当時の「やりたくないこと」は、ずいぶん前のことなので、いまの自分の感覚とは多少ちがいますが
それでも、苦手なもの、ことは、時間が流れてもそう変わらないものです。
取りかかったのは「これからやらない」リストを書くことでした。
それがどこに辿り着くわかりませんでしたが、そのときのわたしは書くことしかできなかったのです。
その結果──。
どんなふうに生きていきたいかが見えてきました。
やらないこと、やりたくないことがわかってくると、
自分が何をいいと思い、どんなことに違和感を持つかがはっきりしてきます。
それは、目の前にかかった霧が少しずつ晴れていくようでした。
思いつきのような感じで書きはじめたリストでしたが、
日を追うごとに明らかになっていくことを目にすることで考えがクリアになってきます。
気づかずにいた自分の気持ちもわかるようになってきました。
しばらくすると、わたしは「自分の地図」にふれられるところに立っていました。
ひとは時にどうしてこれをやっているのかわからないという事があります。
あのとき「やりたくない」リストを書かなければ
やりたいことがわからないまま、しばらくいたかもしれません。
たのしいことを外や自分以外の誰かに求める生き方をしていたかもしれません。
多分、瀬戸内のまちに移り住むこともなかったでしょう。
年が変わる季節になると、過ごしてきた時間に思いを馳せながら
これからの「やらない」リストを書きはじめます。
そうそう。やりたくないことをやらないようにするためには準備や努力が必要です。
それが、このやり方の大事なところのひとつです。
(月1回連載)
東京都生まれ。エッセイスト/設計事務所ディレクター/縁側の編集室共宰。「衣食住」を中心に、こころとからだ、日々の時間を大切に思い、表現している。
2017年冬、香川県へ移住。おもな著書に『YES』『50歳からはじまるあたらしい暮らし』『整える、こと』(PHP研究所)、『手にするものしないもの 残すもの残さないもの』(オレンジページ)など多数。