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仕事を通して

広瀬 裕子
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暮らしの中から見えてくる風景や心象を表現し続ける、エッセイストの広瀬裕子さん。
2017年冬に、鎌倉から香川へ移住。
現在、設計事務所のディレクションに携わり、場づくり、まちづくりにも関わっています。
住む場所を変えて、見えてきたもの、感じた思いを綴ります。

 

仕事をはじめて30年がすぎました。
フリーランスになってからは20年。ずいぶん長いあいだ仕事をつづけています。

仕事をはじめたときといまとでは、仕事に対しての考えや姿勢が変化しました。スタートは、多くのひとがそうであるように、待遇がよく、通勤時間が短く、休みが多いなど条件をならべていました。でも、働きだしてわかったのは、わたしにはそういった条件は優先順位の上位ではなかったことです。

望んでいたのは、自分を活かせる場、時間が経験になるもの、何よりその仕事が「すき」と思えることでした。「何をのんきに」と言われるかもしれません。実際、言われたこともあります。けれど、自分の手にしている限りある時間と、糧を得るという面も持つ仕事をしずかに見つめていくと成立するラインは「すき」しかないと思っています。

仕事をつづけて感じるのは、仕事を通じ、さまざまなことを教えてもらっている、ということです。家庭や学校から教わるものもありますが、仕事を通して知ることは、その比ではありません。仕事そのものから、仕事をともにした人たちから、仕事を通し見た世界から多くのことを学びます。

何でもそうですが、どの面を見るかで物ごとの意味は変わります。わたしにとって仕事は、すばらしい世界、ひとを知る窓口になっています。

いい仕事をする、自分の能力を存分に使う、それと「すき」は、相反するものではありません。すきだからつづけられる、すきだから深めようとする、さらによくしていこうと思う。

それは、自然な流れではないでしょうか。意に沿った動き。すきではないことに対し、ひとはなかなか動こうとしません。意識がそうさせるのか、身体が素直なのか。すきだからこそ、すっと動ける、日々つづけられる、深めていこうとする。

30年前、仕事をはじめる前のわたしに、いつの日かそう思うようになる自分がいることを教えられるなら教えてあげたい。

わたしは、フリーランスという立場を選びました。ある意味、どこででも仕事ができます。でも、その選択をしたときは、東京以外に住むことなどまったく考えていませんでした。当時の自分に「何十年か後」に「瀬戸内のまち」で暮らすようになることを伝えたらどう言うでしょう。でも、わからないからいいのです。

あとになり答えや理由が見えてくる。ある選択がいつの日が新しい場へとつなげてくれる。そういうことは、そのときになり「ああ、あのとき」とわかるほうがいいですしその場に立ったときはじめて見る風景が、贈りものになるのです。

(月1回連載)

広瀬裕子

東京都生まれ。エッセイスト/設計事務所ディレクター/縁側の編集室共宰。「衣食住」を中心に、こころとからだ、日々の時間を大切に思い、表現している。
2017年冬、香川県へ移住。おもな著書に『50歳からはじまるあたらしい暮らし』『整える、こと』(PHP研究所)、『手にするものしないもの 残すもの残さないもの』(オレンジページ)など多数。

広瀬裕子オフィシャルサイト http://hiroseyuko.com
あたらしいわたし
共著者:藤田一照×広瀬裕子
出版社:佼成出版社
定価:本体1,200円+税
発行日:2012年12月
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