介護に関わるストレス
私が診察している患者さんに、九十歳になる外国出身の男性がいらっしゃいます。
現在は、足腰が弱ってきたことに加え、認知症ではないのですが、幻覚や幻視といった意識混濁に陥る「せん妄」の症状を起こすようになりました。
病気が原因で火事でもないのに消防車を呼んだり、やかんを火にかけていることを忘れて、私たちが診察に行ったときには空だき寸前の状態になっていたこともありました。
この方の介護はいつも息子さんがしています。
母国では、父親の権威や存在は絶対とする家父長制度の価値観が根強かったこともあり、息子さんが小学生のころに、お母さんが病気で臥せっていたときも、母親の看病や、料理を作るのは息子さんだったそうです。
このように、たとえ奥さんが病気になっても父親は腕組みをしているだけの家父長制度の存在は、かつては戦前までの日本にもありました。
しかし、敗戦でアメリカが日本に求めた民主教育は、男女の区別のない個性を伸ばす学校教育のあり方でした。個人が自分の能力や希望に従って好きな仕事を選び、そのための知識や技能を学ぶ機会も均等に与えられました。
それにより、女性は男性と変わりなく外で仕事をするようになり、そこから生じた価値観の転換は、家族の男女のあり方にも変化をもたらしたといえます。わが家の何気ない会話のなかにも主権は、明らかに私から妻に移譲されつつあるというのは身をもって感じます(笑)。
男性が育児休暇を取るような価値観の逆転現象は、介護という観点から見ても悪いことではありません。とはいっても実際に男性が、両親や奥さんを介護するということはすごくストレスがかかります。いざ自分が介護をしなければならない立場になったときに、家のことをほとんど務めてこなかったのが普通だからです。