元ホームレス社長の運とご縁の引き寄せ方

元ホームレス社長の運とご縁の引き寄せ方(14)

岸田昌幸(中小企業再生支援コンサルタント・学習塾オーナー&塾長)
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会社経営者だった岸田さんは
多額の持ち逃げに遭い、会社は倒産。
伴侶にも逃げられ、ホームレス生活を送り、
自殺一歩手前まで追い詰められたといいます。
現在は悩める経営者の支援と社会貢献に生きがいを見出す岸田さんが、
ホームレス生活から立ち直るまでと
「運とご縁の引き寄せ方」を赤裸々に語っていきます――。

危険な会社に一人で乗り込む

画像・AdobeStock

次の案件は同じく大阪市で小さな鉄鋼所を経営していたE社長でした。これは、刑事事件になってもおかしくないような事例でした。

E社長は仕事柄、土木や建築関係の人脈が豊富な人でした。しかしF興業という裏社会のつながる会社からうっかり金を借りたため、E社長の会社が借金のカタに乗っ取られようとしていました。その借金額は、約500万円。F興業という看板を上げていても、裏では違法な金貸しで利益を上げている会社です。

E社長は警察や弁護士に相談に行きましたが、相手にされなかったと言います。なんと世の中は不条理なのだろう、と私の経験した持ち逃げ詐欺と重なり、E社長をこの苦しさからなんとか開放してあげたいという気持ちが湧いてきました。

といっても、今回は尋常な相手ではありません。F興業は、裏社会と繋がりのある会社ですので、法的に解決していかなければなりません。E社長の会社にも自宅にも、ヤクザ風の男たちが取立てに来ていましたので、E社長の家族は、かなりの恐怖感を抱いていて、精神的にもギリギリの状態のようでした。

私はE社長にこう話しました。「F興業の行為は違法ですので、私がF興業に行って話をつけてきます」。「岸田さん、大丈夫でしょうか?」とE社長は心配そうな目で私を見つめました。

私は、「和解書」を3通作成し、乗り込む日を待ちました。いよいよその日、F興業の事務所近くの喫茶店でE社長と最後の打ち合わせと確認作業をしました。「E社長は、この喫茶店で待っていてください。もし私が1時間経っても事務所から出てこなかったら警察に連絡してください」「き、岸田さん、本当に、大丈夫でしょうか?」E社長の声は震えています。「任せてください。それでは今から行ってきます」と言ったものの心臓がバクバクしてきました。

私は意を決して、F興業のドアを開けました。目に飛び込んできたのは、ヤクザ風の若い男が2人。「どちらさん?」と聞いてきたので、「社長はいますか?」と聞き返すと「お前、なにもんや!」と大声を上げます。私も以前ボクシングをしていたので体格では負けません。「とにかく、社長にとりついでください」としばらく押し問答をしていると、奥の部屋から中年男性が出てきました。

「社長ですか」
「そうや、なんか用か!」
「E社長の件でちょっと話しをさせてもらいます」
私は社長の前に仁王立ちになって話を始めました。
「和解書を持って来たので、目を通してください」
「なんやと」
書類を見る社長の目が血走ってきます。

「あほぬかすな。和解書なんぞ、吞めるか!! こんなことして、お前どうなってもしらんで。ここから無事に出られると思うとんのか!」
社長は凄みます。
「そうですか。そんなこともあろうかと思って、ちょっと手はずをつけてきました」
「どんな手はずじゃ、言うてみい!」
「私がここから出てこなかったら、すぐに警察が踏み込むようしてあります」
「なんやと」
「ここは違法なことをしていますね。警察が踏み込んだら逮捕されるでしょう。警察沙汰になったら組の上層部にも示しがつかないんじゃないですか」
私が精いっぱい凄むと、社長は、苦虫をかみ潰したような顔になっていました。

私が作成した和解書の内容はこうでした。借用書及び500万円の借用は無かったものとする。返済残高の返済は要求しない。E社長及び家族、会社には今後一切近寄らない。要求を受け入れられた場合、E社長は、F興業に対し事件として扱わない。
F興業の社長も違法なことをやっている認識がありますので、しぶしぶ3通の和解書に署名捺印をして1通を自分の引き出しにしまいました。
私は和解書を手に事務所を後にしました。

F興業から出てきたら、緊張が解けて、全身がガクガクふるえました。喫茶店で待っていたE社長も緊張で汗びっしょりでした。E社長に2通の和解書を手渡すと「岸田さん、ありがとうございました!」と涙目で私の手をかたく握りしめて離しません。

なぜ、和解書が3通必要だったのか? 1通はE社長の保管用、1通がF興業社長の保管用、もう1通は、何かあった時に警察への提出用だったのです。
(次週に続く)

岸田昌幸(きしだ まさゆき)
大阪府生まれ。大学卒業後、広告代理店に就職。その3年後、独立しデザイナーとして起業。その後、事業拡大に伴い、法人化し、広告代理業、店舗・モデルハウス・展示会等、プロデュース部門を立ち上げる。大阪本社・東京支社・北米カナダ支社を設立。23年間、経営者として事業展開。しかし、会社で多額な持ち逃げ詐欺に遭い、全てを失いホームレス生活に。そこから這い上がり、自分のように苦しんでいる人を助けたいという思いから、自らが積み重ねた経営者の経験を活かし、中小企業再生支援コンサルタントとして活動。業種・業態を問わず、講演会・クライアントへの指導を通じて、成功に導くための方法論を体系化し、成果を上げている。2018年には日本の教育の向上と地元への貢献を考え、小・中学生対象の学習塾を開校。モットーは、「日本を元気に!」
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