原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話

智慧があるとは心になにもないこと

アルボムッレ・スマナサーラ長老
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無知な人には精神の安定統一はありえない。
精神を安定統一しなければ、
智慧はあらわれない。
精神の安定統一と智慧が備わっている人は、
涅槃に近づく。

                   「ダンマパダ」(372)

人はいつも頭が混乱して、感情に振りまわされています。好きだから飛び込み、いやだから逃げ、怒れば攻撃するという生き方なのです。それは理性のない危険な状態です。

子どもは、いやだったら泣きわめき、欲しかったら欲しいと泣きわめいて、親がいくら言っても聞きません。では大人になって、それをやめたかというと、そうでもありません。相変わらず子どものときと同じように感情に支配されています。だから、総合的に見て人生はうまくいっていないのです。

なにをするにしても、大切なことは精神的に落ち着くことです。精神的に安定すると、明晰にものごとを観ることができます。感情に振りまわされないから、正しい理性的な行動ができるようになります。

若い人が感情にまかせて、遊びほうけてゲームやギャンブルに向かえば、お先真っ暗な人生を歩むことになるでしょう。しかし理性にもとづいて考えれば、やはりきちんと仕事をすべきことがわかってきます。感情が高ぶっても、理性でそれをきちんと抑えて、なすべきことをするということになれば、将来は見込みがあるわけです。

精神的に安定していると智慧も知識も備わってきます。知識とは概念を理解して頭に入れることです。けれども、ときには知識は危険をもたらす場合があります。知識が発達し、科学技術が進歩したら核兵器がつくられました。ひとたび核を使えば地球は終わりなのに、それでもつくろうとします。それは明らかに愚かな行為なのです。だから、知識だけでは幸福の役に立たないのです。

知識がありすぎると、判断ができなくなります。まったく無知で行動できない人と同じなのです。だから、ものすごく難しい道を歩んでも、結局はもとのスタートラインにもどってしまうことになります。両者の違いは、疲れているか否か、といった程度しかないのです。

一般的には、勉強すれば頭がよくなると思われています。しかし、現代人は情報や知識を詰め込むだけですから、かえって頭が悪くなっています。なんのために知識や情報を蓄えるのか、ということを考えずに詰め込んでいるからです。それでは、結局のところ、なにもわかっていない。だからといって、「なにも知らない」とも言えないのです。頭のなかはなんの役にも立たない知識が雑然としているだけなのに、「知っている」と思っているわけです。余計な知識によって、ものごとを明晰に見ることができなくなっているのに……。

智慧があるということは、「明晰である」ということです。特別に「なにかがある」ことではありません。じつは「特別になにもない」ことなのです。「心のなかになんの価値判断もない」ことです。ある価値判断や、特定の主義とか考えを強くもっていると、それにあてはまるものしか見えません。あるいは、なにかの知識にしがみついていると、それで頭がいっぱいになりますから、他のものが入らなくなってしまいます。

頭のなかに「なにもない」場合は、とらわれがありません。そのときそのとき、どんなものでも入ってきます。

入ってくるものは受け入れる。しかもそれには執着せず、もち運ぶことはない」──それが、智慧があるということなのです。

そういう人には、こだわりがないから、争うことがありません。役に立つ知識は宝になりますが、なんの役にも立たない知識はゴミです。とても高価な衣装でも、まったく使わなければゴミ同然です。世の中では、テレビや週刊誌などによって、興味本位に情報が垂れ流されています。それらは、欲望をあおって不安をかき立てるだけの無用な残飯です。無駄な知識は不要なだけでなく、かえって命取りにもなります。

やみくもに知識を詰め込みますと、あまりに余計なことを考えすぎてしまうのです。そうすると妄想がふくらんできます。そのため、今やるべきことがおろそかになって、いつも不安と焦りで追い立てられているような生き方になってしまうのです。

仏教では「自分の役に立ち、人の役にも立つものだけを学びなさい。そうでないものは、やめなさい」と教えています。

人間にとって、もっとも大切な勉強とは、自分の心をきちんと育てることです。それには「無条件ですべての生命を愛する」ということをつねに心のなかにとどめておくことです。すると、どんな知識もすばらしく役に立つのです。それが智慧とともに知識を得る方法なのです。

すべてのものは無常で、変化しないものはないのです。そこがわかれば、心は自由になります。それが智慧の完成です。

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